ただ一葉 

ガラス工芸家 瀬沼健太郎

日々のことやものづくり、展覧会情報などをご紹介しています。


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感じるという豊かさ
「ものを作ること」「作品を作ること」がどれほどの価値があるのか、どれほどの意味があるのか、無力感に打ちひしがれた日から1年が経ちました。

「人にはそれぞれ役割がある」と励ましてくれた方もいましたが、やはり簡単に開き直ってはいけないような気がして、喉に小骨がひっかかったようなすっきりとしない気持ちを今も抱え続けています。


僕は今、切実さということについて考えています。
あの日以来、以前にも増して、自分の力の及ばないところで不意に寿命が終わることがある、ということを強く意識するようになりました。それは恐ろしいというよりも、なんというか、「しっかり生きろ」と言われているようで、安堵感にも似た感情を僕に起こさせています。

「しっかり生きる」ということは、僕にとっては「しっかり感じる」ということなのではないかと思っています。

季節は、様々な、本当に多彩なディテールをもって目の前で揺れ動いています。風の痛さや柔らかさ、遠くの雨雲のにおい、靴底の下のアスファルトのさらに下で蠢く気配、それを感じ表せる自分でいたい。
そしてその目の前で揺れるディテールは30億年前から続いてきて今そこにあり、これからも僕がいようがいまいが全く関係なくずっと続いていくことであるということを意識していたい。

今この瞬間目の前で揺れるディテールとの出会いが瞬間瞬間奇跡的だということを忘れたくはないのです。



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目の前のいけられた花がどこか心の原風景のようなところに連れていってくれる力を持っていることを僕は信じています。

植物はただ無表情にそこにあるだけです。が、僕たちはそこに希望へのささやき声を聞こうとします。それは滑稽なようで実はとても豊かなことなのではないかと思っています。

そして、僕の作るうつわがアンプのような役割をして、希望の声がより聞き取りやすくなるような、そんな仕事をしていきたいと思っています。

明日からまた1年、僕はしっかり生きられるだろうか。
顔を上げたその先で、切り株から伸びた一枝の梅の花が「私は生きる」と静かに強くささやいているような気がしました。



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